ページ目次
ビジネス英語では、常に能動態で書くべし、受動態に近寄ってはいけない、という話をずーっとしてきました。とても大切だからです。
ビジネス英語に慣れていない日本人が受動態を使うのは、自転車の補助輪が外れたばかりの子供が、ぬかるみのでこぼこ道を走るくらいに危険なことです。
なので、受動態を思いつきかけたら、すかさず能動態に変換する必要が出てきます。
ここで、ウソみたいなホントの話。

It’s you who did it! 犯人はお前だ!
受動態を能動態に変換するとき迷ったら、
「どうせ主体 Subject は you に決まってる」
とたかをくくっていただいて、十中八九、外れません!
なぜなら、主語としての “you” は、他の主語がまとめてかかってもかなわないくらいの、究極のオールランドプレイヤーだからです。
もっとも疑わしい犯人、you
“You=あなた”とは限らない
特定の個人が起こした「事件」だとはっきりわかっていない限り、“you” は常に真犯人の最有力候補なのです。
野球の守備に例えるなら、内野は、ショートに至るまで、すべて “you” 一人がカバーしている感じです。ものすごく守備範囲が広いのです。長打のときのみ、外野にいるほかの代名詞が、少しだけ活躍する感じです。
”you” を使いこなすため、まず、中学校ですり込まれてしまった先入観を、きれいさっぱり捨てましょう。
You = あなた
この等式、すべての場合において成り立つわけではないのです、実は。
でも、下の包含関係は、常に正しいです。
You ∈あなた
英語の “you” がカバーする範囲は、日本語の「あなた」のそれよりも、はるかに広いのです。別の言い方をすると、”you” を「あなた」と訳してしまうと、誤訳になる可能性があるのです。
前回、受動態を使いかけたら、能動態に置換し、かつ、下記のリストの中から候補をピックアップすると良いですとオススメしました:
you/we/the user/the customer/it/they/the system
その中でも、ダントツで、”you” はオススメなのです!
ビジネス英語では
“you” が指し示す人物は「視界」によって変化する
”you” は基本的に、“I” 以外のその場にいる全員を指す可能性があります。
ビジネス英語で “you” が指し示す本当の人物は、「視界」によって変化します。
あなたが外国人一人と立ち話しているとき、あなたの目の前の世界/視界には、あなた自身以外にはその外国人しかいませんね。したがって、会話の中で、ある個人が主語として指定できるセンテンス以外で自分以外の主語といったら、その外国人以外にいないということになります。
a) ちょっと助けていただけませんか?
Would you please do me on favor?
この例文が発言された状況を少しだけ考えてみていただきたいのです。
まず、person to person (日本ではまだ使われている「マ◯ツー◯ン」は性差別用語です、気をつけましょう)で相手にこれを言われて、キョロキョロする外国人はいないわけです。そんなことしたら失礼ですから。
だから、このときは、たまたま
you = あなた
なのです。
ところが、複数の相手、チームに助けを求めているのなら、”you” が指し示す人数が変わってきますね。
you = あなたがた
というものですね、いわゆるひとつの。
この場合、チームが、あなたを助けるために協議を始めてくれるはずです。
b) その件について A 課長に報告しましたか?
Have you already reported the issue to director A?
上記の日本文に、主語は存在しません。が、言われた相手は周りに人がいないから、主語はまず自分だろうと思わざるをえないわけです。
(ちなみに、わたしが b) のように伝えたいとき、状況によっては、次のように言うと思います。
b’) その件について A 課長はすでにご存じですか?
Has director A been informed about the issue?
「なんだ、そんな大事なことをまだ報告していないのか」
と糾弾するトーンにならないようにしたい場合です。
お気付きですか、このセンテンスは受動態です!!
このような、しかるべき理由で「遠慮」するために、英語でも受動態が活用されます。)
これが、大人数でテレビ会議をやっている場であなたが下記のように発言したのなら、おのずと「視界」が異なってくるわけです。
c) 日本時間で昨日、プレゼンをお送りしたと思うのですが、すでにご覧になっていただけましたか?
Have you already got my slide deck? I believe I sent it to you yesterday, JST.
(英語では、presentation という言葉は、どちらかというと、プレゼンの行為自体を指します。プレゼンのときのパワーポイントの資料などは、a slide deck と表現したほうが、確実に相手に伝わります。)
”you” といわれたとき、この会議の参加者は、
「“I” 以外のその場にいる全員」
すなわち参加者全員をさしているものと解釈します。
しかし、さらに、同じ会議で読者が続けて次のように発言した場合、事情は異なってきます。
d) トム、私のプレゼン、いま手元にありますか?見つからなければもう一度すぐに送ります。
Tom, do you have my slide deck with you now? If not, I will be sending it out to you again.
”Tom” と呼びかけた瞬間、あなたの「視界」は、つまりあなたの発言の「ターゲット」は、必然的に彼にだけしぼられるわけです。
ビジネス英語で取引先に対して “you” と言ったら……
外国の取引先と、あなたが会議をしているとしましょう。
その場で “you” が出てきたら、コンテストによって、3種類のステークホルダーを意味することができます。
- 話しかけている相手
- 話しかけている相手が属しているチーム、部署の全員
- 「御社」
これ以外に、「取引先と自社の、その場にいる全員、ただし発言者本人を除く」というケースもありえなくはないですが、かなりレアです。
せっかくなので、この節では、英語のミーティングで使えそうな例文をあげていきます。
“you” = 話しかけている相手
これは最も単純です。
a) 要約していただけますか?
Would you please summarize?
b) A さん、あなたの代替案について、もう少しご説明頂けますか?
Mr. A, would you please explain a bit more about your plan B?
(代替案には、an alternative という「正式な」訳がありますが、わたしは plan B の方が、ビジネス英語では使い勝手がいいと感じています。)
“you” = 話しかけている相手が属しているチーム
文脈、コンテキストによっては、”you” が相手の属するチーム全体を指し示す場合がありますので、気をつけてください。
ここでは、プロジェクトの状況が良くないときに使える表現を扱ってみます。あまり憶えたくないでしょうが……(汗)
c) 至急、この問題の回避策を考えていただけますか。この問題は、いまや重大な障害なので。
Could you please prepare some workaround for this issue very quickly because it is now a showstopper for the project?
この回避策を考えつくために、相手のチームに一丸となって取り組んでいただかないと困る状況ですね。
d) もう少しリソースをつぎ込んでいただくことは可能ですか?
Could you allocate more resources to this project?
一見、そうは見えないのですが、このセンテンスの主語は事実上 “you” です。
e) プロジェクトについて、この決定をなさった理由はなんでしょうか?
What are your reasons behind this decision about the project?
このセンテンスの主語は”you” ではありませんが、考え方を掴んでいただくために例として挙げました。
your の中に含まれる “you” は、この場合、話しかけている相手が属しているチーム全体をさしていると考えるのが妥当でしょう。
”this decision about the project” が、おそらく、プロジェクト全体に関わることだからです。
“you” = 「御社」
最後に、”you” がまるごと相手の会社をカバーしてしまうケースです。
f) ということは、御社の、この製品に関する戦略は、おおよそどんなものでしょうか?
Then, what is your overall strategy about this product?
g) 御社の社員は日に何時間くらい働かれるんですか?
How long do you work in your office every day?
御社、弊社というときに、わざわざ your company, our company といっていると、息切れしてしまうと思います(笑)。
ビジネス英語で並べるときは必ず “you and I” で!
ここで “you” に関して、重要な注意事項があります。
以前、海外の拠点を持つ日本の会社に勤めていたときに、ある営業部の女性が、
“I and you….”
と繰り返し発言しているのを聞いていて、ハラハラしたことがあります。彼女が自分の部署にいたら、注意していたはずです。
”you” と “I” が並んでいる場合、”you and I” と、“you” は、必ず先頭にもってこなければならりません。
h) この問題については、あなたとわたし二人で、後で話しましょう。
You and I, let’s talk over this topic later.
二つのチームの責任者どうしが、チームが合同で行った会議の議事録 minutes of meeting を、person to person で確認しているとします。
i) あなたとわたしが何をしなければならないか、ちょっとアクションポイントを確認しましょう。
Let’s quickly go through the action items to check what you and I should do.
日本語では、どちらかというと、むしろこのような場合は、「わたしとあなた」かもしれませんね。例の、「遠慮の文化」です。
しかし英語では、絶対に “you” を最初に持ってくる必要があります。
映画の冒頭やエンドロールで出演者の名前が並べて映し出されるとき、出演料の高い女優や俳優が、より上/左のほうにきます。
それと同じで、センテンスの先頭に近い位置にくる主語の方が、常に格上なのです。
”I” が先にくると、「私が、私が」と強く自己主張しているように響いてしまい、聞き手はとても不愉快な思いをします。これは礼儀知らずです。
余談ですが、昔、あるハリウッドのスペクタクル映画で、二人の大スターが共演したとき、どちらの名前を左に持ってくるか?で大いにもめたそうです。
最終的に、映画の製作者は、うまいことを考えつきました。
二人の名前を一つの画面で映し出すときに、片方を左に、しかし、右のほうに来てしまった名前をそれより上に位置させたのです。
これで、二人の大スターは納得したそうです。
「世の中誰でも」を漠然とさす主語も “you” でよい
視界を最大にとれば、”you” は、実は「世界中誰でも」の意味になりえます。
この “you” は、英文法では「客観的/科学的な事実を述べるときの主語」などとむずかしく表現されることがありますが、身構える必要はありません。
以前「ビジネス英語でやってしまうと恥をかきます!受動態の取り扱い」で取り上げた例文、
a) 只今、富士山が見えています。
Now you can see Mt. Fuji!
などが、たとえば、その典型例です。
このときは、たとえ今まで富士山を一度も見たことのない外国人だろうが、幼い子供だろうが、ランドマークタワーのてっぺんの展望台に登れば、いまは晴天だから、誰でも富士山が見えると言っています。
科学的事実などとおおげさに考える必要はなく、「誰でも必ず」と気軽に考えればいいのです。
「誰でもそのようにできる」の「誰でも」は “you”
スティーブン・コヴィーは、ベストセラーになったその主著「七つの習慣」の中で、”you” をたくさん主語として持ち出します。
これは、別段、自分の言っていることが科学的事実に基づくと主張しているわけではなくーーいや、正直言って、敬虔なモルモン教徒である彼には、時としてその節も見られますけどーー読者である「あなた」に語りかけて、「およそ人間なら誰でもできる」という意味合いで “you” を使っているのです。
この漠然とした “you” が、守備範囲が一番広いときの “you”、およそ人間ならおよそ誰でもを指し示す “you” です。
Next to physical survival, the greatest need of a human being is psychological survival—to be understood, to be affirmed, to be validated, to be appreciated.
When you listen with empathy to another person, you give that person psychological air. And after that vital need is met, you can then focus on influencing or problem solving.
肉体が生き続けることの次に人間にとって必要なのは、心が生き続けることである。理解され、肯定され、評価され、感謝されることである。
エンパシーをもって他人の言うことに耳を傾ければ、その人物に、心理的に、このような雰囲気を与えることができる。そして、その重要な欲求が満たされれば、次には、こちらから影響を与える、もしくは問題を解決することに集中することができる。
Covey, Stephen R.. The 7 Habits of Highly Effective People: Powerful Lessons in Personal Change
(上記は拙訳)
上の文章では、一貫して “you” が主語です。コヴィーが想定している “you”、読者は、まだこの方法を試したことのない誰かのはずです。
そして誰でもこの順番なら、うまくいくはずだと言っているのです。
ランドマークタワーに登れば誰でも、といっている “you” と全く変わりません。
iPad は2歳の子供でも使える
この “you” を使うと、コンピュータのシステムの仕様を、楽々と記述することができます。
b) You can use iPad through an intuitive way, even if you are two years old.
たとえあなたが2歳の子供であっても、iPad を直感的に使用することができる。
c) On Google Chrome, If you hit Command + T, you can open a new tab. If you push Command + W, you can close the tab which you are on.
Chromeでは、Command + T で新しいタブを開くことができる。Command + W を押せば、いま使っているタブを閉じることができる。
d) このタイミングでこの操作をするとシステムがクラッシュします。
The system crashes when you do this operation at this timing.
e) このプログラムはオープンソースなので、無料で利用できる。
You can use this program for free because it is an open source.
上の例文のいずれも、「人間なら誰でも」という意味で “you” が使われています。
ソースコードレビューで “you” が使われた例
(ITの知識が多少必要です)
例えば読者であるあなたがプログラマで、ソースコードレビューを受けているとします。相手が次のような指摘をしました。
f) このセマフォは処理終了後のここで解放する必要があります。
Here, you should release the semaphore as the procedure ends.
極端な場合、この “you” は、あなたを意味するとは限らないわけです。
レビューの中で、あなたの書いたプログラムが呼び出している、ほかのプログラマが作成した関数に話が及んでいたとします。レビューアが、上記の英文でその関数の中でセマフォが開放されていないのはまずいと指摘したのであれば、”you” はあなたでなくそのプログラマを指します。
これは科学的/技術的事実の “you” なので、あなたは、それは自分のせいではないと抗弁する必要はないのです。
ちなみに、日本語でシステム(の一部)を「~してあげる」と表現できる場合、”you” を主語として良いと思います。
上のケースなら、「このセマフォは解放してあげないといけない」という具合です。「~あげる」という日本語には、「コンピュータには誰かがコマンドしないと、それのみでは何もしない」というニュアンスが含まれ、その漠然とした「誰か」は、”you” で記述できるわけです。
もうひとつ、レビューによる指摘事項を想定した例文をあげておきます。
g) カウンタとしていったん定義された変数を、フラグとして使い回してはなりません。
⇒変数をカウンタとして定義したら、それをフラグとして使用してはいけません。
If you define a variable as a counter, you should not use it as a flag in other places.
上の指摘事項は、およそコーディングをしようという人間なら守ったほうがよい、普遍的な原則ですね。
これがコードレビューでの発言なら、指摘の相手は、その指摘を受けたソースコードの書き手に絞られます。しかし、これがプログラミングの教科書などに書かれているのであれば、その「スコープ」は、読み手、すなわち書き手がメッセージを発信したい不特定多数の人間に広がります。
”you” が便利な点は、このように、いろいろな局面で変幻自在に語りかける相手を変えられることです。
注:should not
助動詞を使った表現 ”you should not…” は、基本的に、相手にアクションを「おすすめしない」という意味ですが、文脈によっては相手を強くたしなめる禁止表現となるので、注意が必要です。