ビジネス英語では「認識合わせ」はしない

 ビジネス英語で使う単語は、英語はもちろん日本語の段階から、極力シンプルなものを選ぶべきです。でないと、自らドツボにはまってしまいます。

 みなさん、気づかないうちに、恐ろしく難解な表現を選択しています。

ビジネス英語の前に、その日本語が難しいです!

ビジネス英語では、靴下を戦線復帰させない

 かつてわたしは、下記のような書き込みをSNSにしたことがあります。

「洗濯のときに片方が紛失し、妻に「捨てなさい!」と言われていた靴下の片割れがひょんなところから見つかり、潜伏をしいられていた相棒と共に晴れて第一線に戦線復帰するときの充実感は、予定調和を見るような、一種静かな誇らしさを伴うものである。」

 それに対し、お友達のある方が、
「こんな日常的なことを書くのに、裁判官みたいな言葉を使うなんてすごい」
と、ひどく感心してくださいました(笑)。

 びっくりされるかもしれませんが、日本人のみなさんがビジネス英語を使う際、これと似たようなことをなさっています。

 難しい表現を使って、自分で自分を苦しめています。

外国ではトイレは借りない方がよい!?

 日本人のビジネス英語は大げさで堅苦しい、とは、外国人からしばしば聞くコメントです。以前の記事でも取り上げました。これは文法レベルのみならず、ボキャブラリー的にも言えます。

 ガトウィック空港で、ある日本好きのブリテン人と立ち話ししました。彼の知り合いは、ロンドンでパブを経営しているそうです。あるとき日本人観光客の美人が、そのバーのカウンターで、

a) May I borrow your toilet?

と訊くので、思わず吹き出してしまったとのこと。アメリカ人になら、「パーティでもするの?」と、混ぜかえされたかもしれません。

「トイレをお借りできますか?」

と、とても丁寧に言ったつもりが、

「トイレのスペースを借りてもいいですか?」

となってしまいました。

 この場合は、本来ならこんな感じです。

a’) May I use your restroom, please?

 このブログでの『正解』を申し上げるなら、さらにシンプルになります。

a”) Toilet, please?”

 わたしは、この女性を笑う気には、ちっともなりません。問題は、「お借りする」という日本語が使われる TPO のほうにこそあるのではないでしょうか。

 選挙のポスターで、候補者の名前の漢字が全部ひらがなになっているのを見たことがあるかと思います。候補者名を憶えやすく、かつ投票用紙に書き込みやすくするあの工夫を、業界用語で、候補者名を「ひらく」というのだそうです。

※この業界用語は、「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の主人公両さんが選挙に出馬するエピソードの受け売りです(汗)。

 わかりやすいビジネス英語をアウトプットするためには、入力する日本語を、あらかじめ「ひらいて」おく必要があります。むろん ひらがな にしろというのではなくて、できるだけ肩肘はらない、易しい日本語表現、言い回しを選ぶということです。

ビジネス英語で「認識する」ってなんていいますか?

「認識する」  “to recognize”

「このブログは、ビジネス英語を効率的に学ぶためのものだという認識です」

の「認識」に相当する英語の動詞はなんでしょうか?Google 翻訳に、このセンテンスを丸ごと訳させてみましょう。

a) It is a recognition that this blog is for studying business English efficiently.

 意味はわかるものの、外国人の目には、
「なんか変だし、大げさすぎ(汗)……」
と映ります。
 まあ、この場合は日本語からして大げさですけど。

 デバッグ英文法で私が出会う方々に同じ質問をしても、

認識する= to recognize

という、お約束の解答が返ってきます。40代のベテランマーケッタから21歳の女子大生のインターンまで、みんな同じ認識みたいです(笑)。

 が、ビジネス英語のコンテクストにおいては、「『認識する』= “to recognize”」は誤りに近いです。

 正解の動詞は、シンプルに “to understand”。

a’) I understand that this blog is for studying business English efficiently.

b)「まずは弊社からお見積もりを提出させていただくという認識です。」
We understand that we are going to submit the quote first.

c)「……のように弊社側では仕様を認識しております。」
We understand the specification that……

それでは “to recognize” はどんなときに使うか?

マカティ

新宿並みに開発が進むマニラの都市中心部マカティに、アヤラ博物館はあります(筆者撮影)

 マニラにあるアヤラ博物館に、独立まで長い間、ヨーロッパの国やアメリカに植民地としてずっと従属してきた自国の涙ぐましい歴史を、ミニチュアのジオラマをたくさん並べてストーリーにした、見事な展示があります。

 その展示の最後の一コマの説明に、まさにこの表現、出て来ました。

Recognition of Philippines Independence by the United Status

Recognition of Philippines Independence by the United Status アメリカ合衆国がフィリピンの独立を認める(筆者撮影)

“The United States recognized the Philippines as an independent state and established diplomatic relations with it in 1946. “

 アメリカ合衆国は、1946年、フィリピンを独立国として(正式に)認め、それと外交を結んだ。

ビジネス英語ではあまり使わない “to recognize” が効果的に使われた例:フィリピンの独立

 これを逆に understood に変えてしまうと、
「国家だとの理解を示した」
と、なんだかよくわからない、ゆるい感じになってしまいます。

……これだけ大上段な表現なんです、recognizeって。目をこすって見直し、それとはっきり認める、感じでしょうか。

 そういえば、私が知的財産関連のセミナーに出たとき、アメリカの国際法の専門家が、
「この場合は、知財として認識される」
という文脈で、recognize、recognize と連発していましたっけ。さすがは法務、とわたしは感心しました。

 かといって、”to recognize” は、必ずしも難しい文脈、文語でのみ使われるわけではありません。

 これは、ファッションモデルのケンダル・ニコール・ジェンナーがペプシのCMで金髪にしたら、ぱっと見誰だかわからなくなったと騒ぎ立てている、ファッション雑誌 Glamour の記事です。

 この記事のタイトルを直訳すると、

You Won’t Even Recognize Kendall Jenner With Blond Hair
金髪にしたら、ケンダル・ジェンナーだと、あなたは認識すらしないだろう

 ビジネス英語においても、こんな使われ方をします。

d) I think it is very good for him to point that out. George recognized it.
「彼がそれを指摘したのはさすがだと思う。George もそれを良い指摘だと認めていた。」

ビジネス上の「認識」の本当の問題

 本当の問題は、むしろ、日本語のほうではないでしょうか。

 職場において、

  1. 「~だと理解しています」といえばいいのに、「~という認識です」という
  2. 理解を一致させるだけの話し合いを、わざわざ「認識合わせ」と呼ぶ

ことが、実は根本的に問題なのです。

 こちらの方を日本語の段階で噛み砕いてしまえば、そもそもこんな問題、起こりえないのです。

 ちなみに、「認識合わせをしよう」は、
e) Let’s have a quick discussion to put us on the same page.”
となります。

 もっとシンプルにしたければ、以下の表現で十分です。

f) 御社のご認識と、弊社の認識は一致しております。

We share the same understanding with you.

 いかがです?日本語に比べて、英訳はひどく簡単だと思いませんか?
 
 ちなみに、「御社」「弊社」を、わざわざ “Your company” “Our company” と訳さないところも、地味にポイントです。
 こちらも、日本語の表現が大上段に構えすぎな例の一つですから。
 

ビジネス英語では、
もとの日本語も、英語も、最も簡単な語彙で

ビジネス英語では「教えてください」≠ “to teach”

 ビジネス英語で大げさすぎるボキャブラリーを選択すると、下手をすると外国人は吹いちゃいますよ、というお話は続きます。

 数年前、某オフィス機器の大手メーカーの中途採用試験を受けました。筆記試験になんと英語があった(!)のですが、これが苦しかった。なんせ問題文が、明らかに日本人の手のものだろうという、昭和の香り高いものだったのです。

 その中に、五つの選択肢から文法的に正しい文を選べという問題があり、明らかに英文の形をなしておらず間違っているものを消去していくと、

a) Would you please teach me how to go to Shibuya?

という選択肢しか残りませんでした。しかし、ですよ、これだってどう見ても間違いです。

 そのまま訳すなら、
「渋谷に行く道を、どうぞご教授いただけますでしょうか。」
となってしまいます。

 渋谷への道順を教えるのに、わざわざ教室を見つけて、黒板の前に立って路線図を描く感じです。まあ、大げさで面白いからわたしはこういうの好きですけれども(笑)。

 この場合は、こう言うべきです。

a’) Would you please tell me how to go to Shibuya?

a”) Would you please show me how to go to Shibuya?

b) この Excel のグラフに凡例を設定する方法を教えていただけませんか。
Would you please show me how to add a legend to this chart on my Excel worksheet?

 ”to teach” がビジネス英語で登場するのは、なんらかのトレーニングを行うときに限られます。それだって、以下の例文の方がナチュラルでシンプルです。

c) He will do some training in which you can learn how to use this IaaS.
「この IaaS の仕様方法に関するトレーニングを、彼が開催する。」

 ビジネス英語には“to teach” の出番はない、使いたくなったら “to tell”/”to show” に置換すべし、と考えておくのが無難です。

 ”to tell”/”to show” と、”to teach” の違いは、ちょうど日本語の「ご教示」と「ご教授」の違いにあたります。

「ご教授願います」”Would you please teach me…”
では、学問や技芸を教え示す意味になってしまうのです。

 つまり、そもそも、業務において「教えてください」と言うべきところを、「ご教授ください」と大上段に構えてしまったことが原因かもしれません。

 少し前、私は韓国人ハーフの友人に韓国語を teach してもらっていましたが、逆に、これを show したり tell することはできません。

ITの世界に「現象」は滅多に起こらない

 ITの世界では、システム上に起こった問題のことを、「事象」と呼んだり、ひどいときは「現象」と呼んだりします。生まれて初めてこの専門用語?を聞いたときは、

「なんて大げさな……」

とドン引きしました。

「現象」ときくと私は、下敷きをこすって細切れの紙の上を通過させてやりたくなります(笑)。バリバリ自然科学のターミノロジーです。

 哲学の一体系である「現象学 Phenomenologie」という学問の嚆矢(こうし)のフッサールという哲学者は、もともと理系のひとで、「カントの考えは甘いから、おれが最後まで突き詰めて、哲学終わらせてやる」と息巻いて哲学界に飛び込んできました。
 どうやら失敗に終わったようですが。

 現象と聞くと、わたしはこんなことを思い出してしまいます。

 ビジネス英語において、「事象」といいたいときに、これを “a phenomenon” と呼ぶのは、ご勘弁です。わたしは日本人以外が、業務で、システム障害でおきた「現象」を表すのにこの単語を用いたのは一度しか見たことがありません、しかも、そのひとは、東ヨーロッパからアメリカに帰化したばかりのエンジニアでした。

「これら二つの現象」を “these two phenomena” って正確に表現できた日本人, 見たことないですし。

d) An aurora is a luminous phenomenon of Earth’s upper atmosphere.
オーロラは、地球の上層の大気の、発光現象である。

……こういうご大層な感じ、個人的にきらいではないけれども、聞いた相手はびっくりです。

(余談ですが、英語では「フェーン現象」のことを、単に “foehn wind” とざっくり呼びます。)

 では、「本事象」「この現象」をどう表現すればいいのでしょうか?
 めちゃめちゃ簡単ですよ。

e) You can reproduce this issue in this way.
「このようにこの事象は再現できます。」
(後ほど解説しますが、受動態を使うべきではありません。)

f) Let`s address this issue.
「この案件に取り組もう」

 an issue/the issue は、ほとんど無双と言っていいほど、業務で使い勝手最強の単語です。問題とか、あるいはトピックという意味でも、この単語は広く使えます。

 その証拠に本まで出ちゃってますし。

イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」

イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」

 この場合も、日本語の段階で、そもそも「事象」とか「現象」といわずに、「イシュー」と呼んでしまえ、という話です。

 このようにスコープの広い言葉を確実に抑えて、使い倒し、省エネをしていくのは、賢いやり方だと思います。

ビジネス英語では
「実は知っている」英単語を使いたおす

a) 「弊社はこの製品で大きな売り上げを享受してきました。」

という日本文を、ビジネス英語に訳したいとします。

 もしあなたが「享受する」という動詞ではたとつまったとしたら、してやったりです(笑)。というわたし自身も、数年前までは、一瞬悩んだと思います。アメリカの外資に勤務していたとき、本社のエクゼクティブがこの単語を文書で使用したため、「ああ、そういう言い方をするのだな」と思いました。

 正解は、以下です。

a) We have enjoyed a lot of sales out of this product.

 正直言って、このケースでは言われなければわからないと思います。”to enjoy” がとっさに思いつかなかったからといって、落ち込む必要はないと思います。

 わたしがここで申し上げたいのは、以下なのです。

ビジネス英語において語彙力があるとは、自分が知っている限られた語彙を、どれだけいろいろなケースで縦横無尽(じゅうおうむじん)に使えるか?である

 ここで、英語の語彙に関する、三つの誤解を解いておきたいと思います。

誤解その1.いろいろな「キレる」表現を知っておくべき

  ビジネス英語における語彙力とは、やたらとたくさんの単語や熟語を知っているということではありません。

 膨大にある表現をかたっぱしから憶えようとするから、無間地獄に飛び込む羽目になるのです。 

 キレる英語表現をたくさん知っている必要はありません。べつだん夏目漱石なみに熟語を知らなくても、ビジネスではなんら支障がないのと一緒です。

 たとえば、「削除する」に対しては、ひたすら “to delete” を使えばいいのです。せっかく SQL コマンドに出てきて、この表現を憶えたのなら、どんな局面でも、これ一点張りで構わないのです。

 ネイティヴが、「削除する」というときに、 “to remove” や “to get rid of” を代わりに使ってきたら、

「その単語知らないから言い換えてください」
Would you please rephrase it as I am not familiar with the expression?

と、毎回言えばよいのです。そのうち、自然と頭に入って、むこうが言ってきたらピンとくるようになります。

 「認める」と言いたい時に、”to acknowledge”/”to recognize”/”to admit” といろいろ繰り出す必要はありません。
 ”to accept”と単純きわまりない動詞さえ知っていれば、大抵の場合、立派に通じます。

注:英語には、確かに、同じ表現を短い文章の中で繰り返し使わない方がカッコいいという面があります。しかし、ネイティヴでもない我々に取り、こんなルールなど、はっきり言ってどうでもいいです。
 同じ表現の一点張りで、毎回確実に意思疎通できた方が、100倍効率的です。

誤解その2.日常会話もできない語彙力では、
ビジネス英語では不自由する

 日常会話の語彙を積み重ねておかないと、ビジネス英語では苦労する、なんてことは、全くありません。

 日常会話ができないとお悩みの方、もっと自信をもっていただきたいです。

 なぜなら、身も蓋もない言い方をしますが、ビジネス英語の表現で困ったことがないわたしが、外国に行ったときに、日常会話で
「えーーと、なんて言おうか?」
と、ときどき不自由するからです(汗)。

 あなたはビジネスのプロなのです。そして、それだけで、ボキャブラリーの基礎は十分できています。

 自分の子供に読み聞かせるため、英語の絵本を何冊か買いました。わたしは、およそ翻訳書というものが好きになれません。子供には本物を味わってほしいと思ったのです。

 ベッドで読み聞かせながらつくづく感じたのは、
「自分には、英語の日常会話の語彙力が全然ないな(汗)」
ということでした。知らない単語が容赦なくバンバン出てくるのです。

 例えば、下記の絵本には、見開きたった2ページに、わたしが知らない単語がなんと4つも出てきました(汗)。

Dog's Colorful Day: A Messy Story About Colors and Counting (Picture Puffins)

 しかし、繰り返しますが、いまのわたしは、ビジネス英語でおよそ語彙で詰まった試しがありません。ビジネス英語の語彙と、日常会話の語彙は、ほとんどかぶらないからです。

 英会話スクールのネイティヴ講師があなたの語彙についてなんと言おうと、彼らはあなたの専門領域の知識、理解度について、あなたには絶対かないません。

 だから、安心して、あなたの専門領域で、もっともシンプルな語彙と思われるものを使ってください。

誤解その3.中高時代、英単語を憶えるのが苦手だったから、自信がない

 「デル単」に出てくる単語を全て抑えていなくても、ビジネス英語には不自由しません。

 ”to conceal” という動詞があります。「〜を隠す」という意味の他動詞です。

 受験生時代にこれを憶えたわたしが、大学卒業後、仕事とプライベート双方の実生活で、これを初めて目にしたのは、ン十年経った、つい最近です。

 わたしの髪に銀髪が混じってきたため、いろいろ手軽な毛染めを探していたら、「コンシーラー」という製品があったのです。
 この製品、とても便利なのですが、製品名を見た瞬間、「またえらく懐かしい単語だな」と思いました。

 この単語、実務では、およそ使用しません。

「お客様の前ではこの事実は現時点では隠しておこう。」
Let’s not talk about it in front of the customer.

 中高生時代、英単語をせっせと単語カードに書いても、よく憶えられなかったトラウマがある方、安心してください。

 ほとんど関係ないです。それよりも、いま頭の中に入っている表現を、いろいろな局面で使い倒す方法を覚えてください。

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